大判例

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仙台高等裁判所秋田支部 昭和29年(う)132号 判決 1954年11月16日

控訴人 被告人 佐藤秀雄 糸田秀雄

弁護人 金崎益枝 外一名

検察官 佐々木衷

主文

原判決を破棄する。

被告人佐藤秀雄、同糸田秀雄を各懲役八月に処する。

ただし、この判決確定の日から三年間いづれも右刑の執行を猶予する。

理由

本件各控訴の趣意は被告人佐藤秀雄の弁護人金崎益枝作成名義の、被告人糸田秀雄の弁護人中村嘉七作成名義の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

弁護人金崎益枝控訴趣意第一点について、

論旨は原判決は被告人を懲役八月の実刑に処しているが、本件窃盗の罪は所謂余罪であるから、原判決が刑法第二十五条第一項により執行猶予を附し得ないとの解釈をとつたとすれば、同法条の解釈適用を誤つたものであると主張する。

被告人佐藤秀雄が昭和二十九年一月二十二日原審において別件の窃盗被告事件について懲役十月但し三年間刑の執行猶予の言渡を受け右判決は同年二月六日確定したこと並びに原審が認定した本件窃盗の事実は右確定判決以前の昭和二十八年十二月二十九日頃の所犯であつて本件窃盗の罪は右確定判決のあつた罪と刑法第四十五条後段の併合罪の関係に立つもので右確定判決によつて執行猶予を言渡された罪の所謂余罪であることは所論のとおりである。

よつて執行猶予の確定判決を経た罪の余罪について刑法第二十五条第一項により刑の執行を猶予し得るかを検討する。

まづ或る罪につき執行猶予の確定判決があり、この猶予期間中さらに罪を犯した者に対しては改正(昭和二十八年法律第一九五号による改正以下同じ)前の刑法第二十五条第一号により再度の執行猶予を言渡すことはできなかつたところであつて、猶予期間中の者に対しては法は刑の言渡失効の恩典と猶予取消の警告とにより再犯を自制すべきことを期待しているのであるから、この法の期待に反し、再び罪を犯した場合にはもはや、かさねて執行猶予を付し得ないと考えられたからである。しかし、或る罪の執行猶予の判決確定前に犯し、これと同時審判の可能性のあつた所謂余罪については事情は右と異るものがあり、これ最高裁判所の判決(昭和二十五年(あ)第一五九六号同二十八年六月十四日大法廷判決)が執行猶予の確定判決を経た罪とその余罪とが同時に審判されていたならば、一括して執行猶予を付し得たであろうと認められる場合には刑の執行猶予制度の本旨に鑑み改正前の刑法第二十五条第一号の「刑ニ処セラレタル」とは実刑の言渡を受けた場合と解し、余罪について執行猶予の可能なことを認めた所以であると解する。

しかして同法条は改正後の同法第二十五条第一項第一号としてそのまま存置せられたのであるから、右判例の解釈はいぜん改正後の同法条についても維持せられるべきものというべきである。もつとも右改正と同時に同法第二十五条第二項の新設をみたが右の理はこれによつて何等影響がないものである。すなはち、同法第二十五条第二項は改正前においては執行猶予を付することができなかつた猶予期間中罪を犯した者に対し「一年以下ノ懲役又ハ禁錮ノ言渡ヲ受ケ情状特ニ憫諒ス可キモノアルトキ」は再度の執行猶予の言渡を可能ならしめる趣旨の規定であつて、余罪について刑に処せられる者には関わるところはないのである。けだしかかる執行猶予中、罪を犯した者であるからこそ右の如く同条第一項の場合に比し特に厳重な条件を付すると共に右第二項の新設に伴い附加された同法第二十五条ノ二に規定する必要的保護観察に付する措置がとられなければならないものとしたのであつて、余罪についてかかる厳重な制約を設ける何等の理由がないからである。

要するに余罪たる本件窃盗については、前記最高裁判所の判例の示すところに従い、刑法第二十五条第一項第一号により執行猶予の言渡をすることができるものと解すべきである。そして同条第二項により保護観察に付すべきではないと解するを相当とする。しかし原判決には同法条の解釈について何等判示するところはなく、原判決が単に余罪たる本件窃盗について実刑の言渡をしたからといつて、刑法第二十五条第一項の解釈を誤つたものとはいえないから法令違反を主張する論旨は理由がない。

同弁護人の控訴趣意第二点、及び被告人糸田秀雄の弁護人中村嘉七の控訴趣意について(各量刑不当の論旨)

記録及び証拠により本件の情状を調査するに被告人糸田は本件の被害について一部弁償をし被害者との間に示談解決をみていること、被告人佐藤も本件の被害の弁償について誠意が認められること、前刑の罪も比較的軽微と認められること、その他被告人等の家庭の状況、生活状態等考慮するとき原判決が被告人等に対し実刑の言渡をしたのは科刑重きに過ぎるものというべく、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨はいづれも理由がある。

よつて各刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条第一項により原判決を破棄し各同法第四百条但書により更に判決する。

原判決の確定した事実を法律に照らすと、被告人等の原判示各行為はいづれも刑法第二百三十五条第六十条に当るところ、被告人佐藤の判示窃盗の罪は判示確定裁判を経た罪と同法第四十五条後段の併合罪であるから、同法第五十条により未だ裁判を経ない右罪について処断することとし、いづれも所定刑期範囲内において被告人等を各懲役八月に処し、情状により各同法第二十五条第一項によりこの判決確定の日からいづれも三年間右各刑の執行を猶予すべく、原審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により被告人佐藤をしてこれを負担せしめない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中兼謙吉 裁判官 岡本二郎 裁判官 兼築義春)

被告人佐藤秀雄の弁護人金崎益枝の控訴趣意

第一原判決は刑法第二十五条の解釈を誤つて適用した違法があるから破棄せらるべきものである。

原判決は被告人の窃盗の罪につき昭和二十九年七月十二日の判決言渡で懲役八月の実刑を科した、然しながら被告人はその以前に昭和二十九年二月六日大館簡易裁判所に於て窃盗の罪により懲役十月但し三ケ年間の執行猶予に処せられ右判決は確定した。

而して被告人の本件窃盗は起訴事実に明かなる如く前記確定判決以前の犯罪である、即ち昭和二十八年十二月二十九日頃に犯したのであることは原審判決摘示の事実である、従つてこの二つの犯罪は刑法第四十五条後段に所謂併合罪の関係に立つことは極めて明白である、斯様な併合罪である数罪が相前後して起訴された為に前の判決で刑の執行猶予が言渡された場合に於て後の裁判に於て犯人に刑の執行を猶予すべき情状があるに拘わらず後の判決では法律上絶対に刑の執行を猶予することが出来ないという解釈(昭和二十五年東京高等裁判所第六刑事部判決、事件番号不詳東京高等裁判所刑事判決時報第十三号七頁)に従つたものとすれば刑法第二十五条の解釈を誤つて適用した違法があるから破棄を免れないものである。

此の点については最高裁判所の昭和二十八年六月十日大法廷判決昭和二十五年(あ)第一五六九号の判示にも違反するものである。

第二原判決は刑の量定が不当であるから破棄を免れないものである。

前第一の理由に述べた如く本件は前示東京高等裁判所の判決の如く併合罪である数罪が相前後して起訴され前判決に於て刑の執行を猶予すべき判決が言渡された場合に於て後の裁判に於ても亦犯人に刑の執行を猶予するの情状があるに拘わらず後の判決では法律上絶対に刑の執行猶予を付することが出来ないという解釈に従つたものとすれば仮令被告人が前裁判の際余罪を隠蔽していたと云う不実の陳述が許容し難いとしても、この二つの罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろう場合に比較して著しく均衡を失し結局執行制度の本旨に副わないことになると言わなければならないと考える、此の点につき前示最高裁判所大法廷の判例は洵に肯綮に値するものと信ずる。

尚本件犯罪についても当時被告人の犯罪の動機が失職中長男十八才を頭に長女十二才次男八才の三児を擁して家庭生活上貧困の故の盗みであり殊に主犯と目すべき相被告糸田秀雄に誘惑されて行われたものであり今日衷心から其の罪を悔悟し再びかかる犯罪を繰返さないことを誓い其の妻も被告人の罪を宥怒し共に協力して罪を繰返させないと誓つている(証人佐藤ツギの証言参照)尚被害者に対する辨償も誠意を以て努力している殊に被告人は今日大館市御成町三丁目秋田県建設業登録者土木建築請負業者佐藤組佐藤直治の常傭人として正業に就き生活の途を得て居る以上の諸般の事情から斟酌考量すれば前に犯した本罪が同時に審判されていたならば一括して刑の執行猶予が言渡されたであろうことは確実なるものがあると思考せらるべきものであるから最高裁判所の前示判例に照して刑の執行猶予を与えらるべき事案なるに拘わらず之に実刑を科したのは尠くとも刑の量定が不当であると考えるから破棄されたい。

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